100s 「希望」
c0015779_2316676.jpg 100s 「希望」
 最初聴いたとき。それは、100sのファンクラブ限定ライブ、「百演祭」のライブだった。中村一義、そして、100sの新曲を初めて耳にするのがライブという体験は素晴らしいものであった。そこで聴いた「希望」はとにかく、イントロのピート・タウンゼンドばりのギター。うねるベース。どかどかと鳴るドラム。ピコピコなるキーボード。力強いヴォーカル。6人の生身の音にとにかくやられてしまった。その後、COUNTDOWN JAPAN 06/07でまた改めてその音塊を身に受ける。痺れる。先日のライブ以上に痺れる。そして、手元に音源が届いた。COUNTDOWN JAPAN 06/07の年越し1発目にかけるために届けられた、「希望」。それをDJブースで鳴らした。泣いた。なんかしんねぇけど泣いた。目の前に広がるオーディエンスの前で、泣いた。虹が見えた、絶対に。そして、今日、シングルの発売日。改めて聴く。歌詞に目を通す。とんでもねぇや。音も、今までとは全然違う感覚で耳に届いてくる。どうだろうこれは。なんなんだろうこれは。
 この楽曲には、くどいくらい、「同じ」というフレーズが繰り返される。それが証明しているかのように、どんなシチュエーションで聴こうが、この「希望」という曲は「同じ」に感じられるんだと実感させられた。ていうかね。とにもかくにも、さぁ。「希望」なんて、儚いもんを、虹なんて尊いものを、笑い泣き叫びながら、生も死も飛び越えて、今日を生きるためのシンボルとして、進むこと。なんて人間っていうのは楽天的で愚かな生き物なんだろうかとも思ってしまう。それには理由があったりする。秘めたるものが隠れているから…。
 このシングルは、ものすごくポップだと人は言う。僕もそう言うだろう。しかし、このポップは、尋常じゃないダークを抱え込んでいると感じてしまうのは俺だけだろうか。みんなもそう思わないだろうか。最初にこの楽曲を聴いて歌詞に目を通したときに、もの凄い恐ろしさを感じた。例えるならば、底なし沼に落ちてしまいながらも、なんとか泥だらけになりながらも這い上がって、雨浴びて、辛いんだけど、満面の笑みを浮かべている…、そんな人間の姿を感じ取ってしまったのだ。よくわからないけど、そう感じた。カップリングのシンガロング(LIVE)もそうだ。
 愛だ希望だ自由だ幸せだ平和だなんだとか、人は軽く言う。言える。言葉は簡単だ。でも、この唄に込められた想いは尋常じゃない。破格の想いが込められている。「絶対に」なんて言えない。いや、誰にだって言える。でも、本当に言える言葉、本当に思っているからこそとんでもない言葉として心に響く。作り手として、アーティストが、隙を許さないほどの、尋常じゃないほどの、魂の叫びを唄に、メロディーに乗せたとき、それは、今までに類を見ないほどの楽曲としてこの世に生まれる。それがこの「希望」だ。
 そして、改めて、この計り知れないほどの爆発力とパワーを、底知れぬ陰を潜めながらも、豪快に陽を解き放ち、まさに希望を降り注がせる、みんなに虹を架ける楽曲として。一人でも多くの人に届くように、ポップな楽曲として。大多数の人の耳に届くだろうことを予感する。カジュアルでもいい。さらりと届いても良いんだ。と。思う。
 さらにこの曲は、自分の日々の生活にも飛び火する。先に書いたように、どんなシチュエーションでも、鳴り響いてしまう良い意味での軽さがあり、軽いからこそ、その場その場でどしんと入り込む。そして、聴き手それぞれの感じ方でいかようにもこの「希望」が染みこみ、聴き手それぞれの「希望」へとすり替わって行くんだと思う。
 c0015779_2338537.jpg イラストレーターのnatunatunaが「希望」を聴いて、書いてくれたのがこの絵です。彼女の中の「希望」が溢れています。こういうもんだと、僕は思う。音楽、だと思う。100sが中村一義がどうだとか。そういうものも大切だけど、僕達は、なぜこれほどまでに音楽、楽曲の素晴らしさというものを粗末にしてきたのだろうか、と思うのだ。アーティストにフューチャーするのも良いけれど。それじゃない、絶対に。音楽なんだって、絶対に。楽曲の素晴らしさをもっともっと伝えなければと。それを感じる今日この頃。だからこそ俺はDJをやっているんだと。そんな風に思うわけで。それが、年末フェスのDJの感動に繋がったわけで。その着火点がこの「希望」という楽曲だったということで。間違っていない。

 絶対に。
 
 どうだい? ここにある虹で。同じ時を越えて。笑えって! さあ!
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by allisloveisall | 2007-02-14 00:38
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